大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

横浜地方裁判所 昭和34年(行)9号 判決

原告 合資会社みのる百貨店

被告 神奈川県・神奈川県藤沢県税事務所長

主文

原告の昭和三十年度八月分の遊興飲食税債務の存在しないことを確認する。

被告神奈川県藤沢県税事務所長が昭和三十四年八月十九日なした原告の昭和三十年度八月分の遊興飲食税滞納による有体動産差押処分に対する異議申立を却下する旨の決定はこれを取消す。

訴訟費用は被告等の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、その請求原因として、

一、被告神奈川県藤沢県税事務所長(以下単に事務所長と略称する)は、昭和三十四年七月二十七日原告所有の有体動産に対し、昭和三十年度八月分の遊興飯食税の滞納があるとの理由で差押処分をなした。

二、しかしながら原告は昭和三十年度八月分の遊興飯食税については昭和三十年八月十五日に金九千円を申告し、同月十七日全額納税済である。

三、よつて原告は被告事務所長に対し右差押処分を不服として、昭和三十四年八月十五日地方税法第百三十四条にもとずき異議申立をなしたところ、同月二十日原告に到達の同月十九日付書面で、右異議申立を理由なきものとして却下する旨の決定及び前記差押処分は昭和三十年度八月分の遊興飯食税についての昭和三十年九月十五日付でなされた金五千九百三十五円の更正決定分にもとずくものであり、従つて、之に伴う督促手数料金十円不申告加算金千四百九十三円、滞納処分費金九十五円以上合計金七千五百三十三円を納入されたい旨の回答を受けた。

四、しかしながら原告はいまだかつて右の如き是正決定を受けたこともなく、又その通知を受けた事実もない。

従つて現在昭和三十年度八月分の遊興飯食税債務を負担しているものではなく、又その滞納ということもないからその滞納を理由に差押処分を受けるいわれもなく、右差押処分は重大かつ明白な瑕疵があるものであるから、原告の前記異議申立により当然取消さるべきものであつた。

五、よつて、原告は被告神奈川県については、原告の昭和三十年度八月分の遊興飯食税債務の不存在確認を、被告事務所長については、同被告が昭和三十四年八月十九日なした原告の昭和三十年度八月分の遊興飲食税滞納による有体動産差押処分に対する異議申立を却下する旨の決定の取消を求めるため本件請求に及ぶと述べ、

被告等の本案前の主張中の

一、被告神奈川県の(一)の主張に対し、

原告の主張する所は、更正決定処分の取消を求めるものではなく、被告事務所長は原告の昭和三十年度八月分の遊興飲食税につき更正決定をしたことはなく、又更正決定の通知をした事実もないことを理由として租税債務の不存在の確認を求めているものであると述べ、

同被告の(二)の主張に対し、

原告は被告神奈川県に対し抗告訴訟を提起しているものではないから同被告の本主張も理由がないと述べ、

二、被告両名の主張に対し、

原告は更正決定の不存在を主張しているものであるから、更正決定処分の取消を求めているものではない。而して、原告は地方税法第百三十四条にもとずき被告事務所長の差押処分が不当であるとして被告事務所長に異議の申立をなし、これに対する却下決定に対して訴を提起したものであり、右異議却下決定は昭和三十四年八月十九日になされ、同月二十日原告に送達され、原告は同年九月二日に本件訴を提起しているから、何ら出訴期間を徒過したものではないと述べ、

被告等の本案の主張に対し、

被告等の主張はいずれも否認すると述べた。

(証拠省略)

被告等訴訟代理人は、

(本案前の主張として)

本件訴を却下するとの判決を求め、その理由として、

一、被告神奈川県として

(一)  税金債務は私法上の債務ではないから債務不存在の確認訴訟は提起し得ない。即ち、

原告の本件請求の趣旨は、被告神奈川県に対し昭和三十年度八月分の遊興飲食税債務を負担していないことの確認を求めているものであり、その理由は、原告は昭和三十年度八月分の遊興飲食税に付、昭和三十年八月十五日(事実は八月十七日)被告事務所長に対し金九千円の申告をし、同月十七日之を完納したのみならず、これにつき更正決定を受けたことはないというにある。しかしながら被告事務所長は原告に対し昭和三十年度八月分の遊興飲食税につき昭和三十年九月十四日不足税額五千九百三十五円の更正決定をなし、翌日原告にその旨の通知をしている。而して、かかる決定は単に取消の対象となるに止まり、裁判により取消されない限り有効なものであるから、原告は私法上の債務としての不存在確認の訴又は公法上の権利に関する訴訟を提起すべきではなく、処分行政庁に対しその処分の取消訴訟を提起すべきであるから、原告の被告神奈川県に対する税金債務の不存在確認を求める本件訴は却下さるべきである。

(二)  被告神奈川県は当時者適格がない。即ち、

仮りに原告の本件訴が被告神奈川県に対し行政処分である前記更正決定の取消又は変更を求める抗告訴訟であるとすれば、被告神奈川県は地方税法第三条の二、神奈川県税務条例第三条の二により昭和二十六年八月以降徴収金の賦課、徴収に関する事務は県税事務所長に委任してあるので、処分行政庁である神奈川県藤沢税事務所長を被告とすべきであり、神奈川県を被告とすべきではない。よつて原告の被告神奈川県に対する本件訴は却下さるべきものである。

二、被告両名として、

原告の本件訴は出訴期間を徒過し不適法である。即ち、

原告の本件訴は被告事務所長が原告の昭和三十年度八月分の遊興飲食税額につき昭和三十年九月十四日なした更正決定にもとずく滞納処分としての差押が違法であること、換言すればその基本たる更正決定が違法であるとして、その行政処分たる更正決定の取消を求める訴であると解せられるところ、かかる訴は処分の日から一年を経過したときは提起し得ないことは行政事件訴訟特例法第五条の明定するところである。而して、本件訴は右更正決定の日から法定の期間たる一年を徒過した後に提起されているから不適法として却下さるべきであると述べ、

(本案について)

原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め、請求原因に対する答弁として、

原告の請求原因第一項の事実は認める。第二項の事実中原告がその主張の如き申告をし、その主張の日に金九千円を納付したことは認めるが、原告が右の申告をしたのは昭和三十年八月十七日である。第三項の事実は認める。第四項の事実は否認すると述べ、

(被告等の主張として)

一、被告事務所長は原告の昭和三十年度八月分の遊興飲食税納入申告書にもとずき現地調査の結果昭和三十年九月十四日原告の昭和三十年度八月分の遊興飲食税額を金一万四千九百三十五円と決定し、右税額から既納税額金九千円を控除した不足額金五千九百三十五円につき地方税法第百二十四条に従い更正決定をした。

二、而して被告事務所長は昭和三十年九月十五日原告及びその他の者に対する更正決定通知二百二十二件を一括して切手後納普通郵便で藤沢郵便局に郵送を依頼したものであるから、特段の事情のない限り、原告以外の者と同様原告にもその頃到達したものと推定さるべきであると述べた。

(証拠省略)

理由

(本案前の判断)

一、被告神奈川県の

(一)の主張につき判断するに、

原告の被告神奈川県に対する本件訴は、原告の昭和三十年八月分の遊興飲食税についての更正決定は存在せず、又原告は更正決定の通知を受けたことがないことを理由として、租税債務の不存在確認を求めているものであり、租税債務を私法上の債務と主張し、又は更正決定の取消を求めているものでないことはその主張自体より明らかである。

而して、更正決定による課税処分は行政庁内部の意思決定としての更正決定がなされ、かつそれがその処分の相手方に通知されることにより始めて納税義務者(特別徴収義務者をも含む)をして租税債務を負担せしめることゝなるものであるから、その一又は双方が欠けていることを理由として租税債務の不存在の確認を訴求し得るものというべく、かゝる場合は相対立する当事者間の公法上の権利関係の存否に関する訴訟であるいわゆる当事者訴訟によるべきものであり、訴訟の目的物たる権利又は法律関係の主体たる者が当事者となるべきものであるから本件訴にあつては当然被告神奈川県が被告適格を有し、被告たるべきものである。

そうすると、原告の被告神奈川県に対する本件訴は適法であり、被告神奈川県の本主張は理由がない。

(二)の主張につき判断するに、

原告の被告の神奈川県に対する本件訴は前述の如く、いわゆる当事者訴訟にあたるものであるから、これが抗告訴訟であることを前提とする被告神奈川県の本主張はその余の点を判断するまでもなく理由がない。

二、被告両名の主張につき判断するに、

原告の被告神奈川県に対する本件訴は前記の如く更正決定処分の違法を主張しその取消を求めるいわゆる抗告訴訟ではなく、更正決定の不存在及びその通知のなかつたことを主張し租税債務の不存在確認を求めるいわゆる当事者訴訟にあたるものであり、これをもつて更正決定の取消を求める訴と同視し得ざるものであるから、特に抗告訴訟につき出訴期間を定めた行政事件訴訟特例法第五条の適用はなく、又本件訴の如き当事者訴訟につき特に出訴期間を定めた法規も存在しない。

又原告の被告事務所長に対する本件訴も、更正決定の違法を主張しその取消を求めているものではなく、更正決定の不存在及びその通知のなかつたことを前提として租税債務を負担し滞納しているものではないことを主張し、昭和三十四年八月十九日被告事務所長のなした原告の昭和三十年八月分の遊興飲食税滞納による有体動産差押処分に対する異議申立を却下する旨の決定の取消を求めているものであることはその主張自体より明らかであり、それをもつて更正決定の違法を主張しその取消を求める訴と同視し得るものではない。而して原告の被告事務所長に対する本件訴は右昭和三十四年八月十九日より行政事件訴訟特例法第五条所定の期間内である同年九月三日に提起せられたことは記録上明らかである。

そうすると、原告の本件訴はいずれも出訴期間の徒過後のものということはできず適法なものであるから、被告等両名の本主張は理由がない。

よつて被告等の本案前の主張はいずれも理由がない。

(本案についての判断)

一、原告が昭和三十年度八月分の遊興飲食税につき(月日はさておき)金九千円を申告し、昭和三十年八月十七日右全額を納税したこと。被告事務所長が昭和三十四年七月二十七日原告所有の有体動産を昭和三十年度八月分の遊興飲食税の滞納があるとの理由により差押処分をなしたこと。これに対し原告が被告事務所長に対し右差押処分を不服として同年八月十五日地方税法第百三十四条にもとずき異議申立をなしたこと。その結果同被告より同月二十日到達の、同月十九日書面で、右異議申立を理由なきものとして却下する旨の決定及び前記差押処分は、昭和三十年度八月分の遊興飲食税につき昭和三十年九月十五日付でなされた金五千九百三十五円の更正決定分にもとずくものであり、従つて之に伴う督促手数料金十円、不申告加算金千四百九十三円、滞納処分費九十五円合計七千五百三十三円を納入されたい旨の回答を得たことは当事者間に争いがない。

二、而して原告は前記更正決定は存在せず、又更正決定の告知を受けた事実はない旨主張し、被告等は、被告事務所長は昭和三十年九月十四日原告の昭和三十年度八月分の遊興飲食税につき更正決定をなし、同月十五日切手後納普通郵便で藤沢郵便局に郵送を依頼したから同日頃原告に到達したものと推定すべきであると主張するのでこの点を検討する。成立に争いのない乙第一号証の一、二、第二、第三号証の各一乃至三、証人森田和夫の証言を綜合すれば、被告事務所長は昭和三十年八月十五日付で原告より提出された昭和三十年度八月分の遊興飲食税納入申告書にもとずき同年九月五日原告方におもむき調査の結果、原告の同年七月中の売上金総額は金四十九万九千三百八十円、内非課税売上金十八万五千七百三十四円、課税売上金三十一万三千六百四十六円と査定し、右金三十一万三千六百四十六円に当時の課税率百五分の五を乗じた金一万四千九百三十五円(端数切捨)を同月分の遊興飲食税額とし既に納入されている金九千円を控除した不足額金五千九百三十五円につき更正決定をなしたことが認められる。

而して、前顕乙第三号証の一乃至三、成立に争いのない乙第四号証の一、二、第五号証、並びに証人森田和夫、同平野千明の各証言を綜合すれば、昭和三十年度八月分遊興飲食税調定額調書(乙第三号証の三)の原告名記載欄に更正決定の通知書の発送を明確にするための割印が押されていること。昭和三十年度後納郵便料内訳簿(乙第四号証の一、二)の昭和三十年九月十五日の欄に鎌倉市一心亭宛を含む合計二百二十二件の遊興飲食税更正決定通知書が発送せられるべき旨の記載があること。昭和三十年九月十五日付料金後納郵便物差出票(乙第五号証)によれば、同日右鎌倉市一心亭宛を含む合計二百二十二件の遊興飲食税更正決定通知書が藤沢郵便局に交付せられたことがそれぞれ認められ、右事実からすれば原告宛の前記更正決定の通知書も又昭和三十年九月十五日料金後納普通郵便に付され藤沢郵便局に交付されたものと推認し得なくはない。

しかしながら進んで右原告宛の更正決定の通知書が原告に到達したか否かの点を按ずるに、たゞちにこれが到達を認めるに足る証拠はない。

そこで右更正決定の通知書が原告に到達したと推定し得るや否やを検討するに、社会通念上当時普通郵便物が郵便局に受理された限り必ずその名宛人に到達したものとの事実を推定し得るに足る高度の蓋然性は認め難く、加えて、証人関靖衛、同平野千明の各証言並びに原告代表者山岸実の本人尋問の結果を綜合すれば、原告の近隣には原告代表者山岸実と同姓の者が居住しており郵便物が誤配されることが絶無ではないこと。原告方はその直営にかゝる店舖部門と他に営業をゆだねてある店舖部門があるにもかゝわらず郵便物は一括して配達されているため内部で再配達せねばならぬ実情にあり、その間に紛失する危険性が絶無ではないこと。神奈川県藤沢県税事務所においては普通郵便物が返送された場合これを明確にするための記帳等の措置を講じていないこと等が認められるので、原告において、その到達を否認している本件にあつては、いまだ原告宛の前記更正決定の通知書が原告に到達したものとは推定し難く、他にこれを左右する証拠はない。

三、そうすると、被告事務所長の原告に対する昭和三十年度八月分の遊興飲食税についての前記更正決定は、行政庁内部の意思として決定されていても処分の相手方である原告に対する告知を欠く行政処分として原告を拘束することができないから、原告に前記更正決定の内容に従つた租税債務を負担せしめる効力を生じていないものであり、原告は被告神奈川県に対し前記更正決定の内容に従つた遊興飲食税債務を負担していないものというべきである。

そうすると、原告が前記更正決定にもとずく昭和三十年度八月分の遊興飲食税に対する更正決定分を負担し滞納していることを前提としてなされた被告事務所長の原告所有の有体動産に対する差押処分は違法というべく、原告の前記異議申立により当然取消されねばならぬものであるから、右異議申立を却下した被告事務所長の決定も又違法であり取消されねばならぬものである。

よつて、原告の本件請求は理由があるからこれを認容することゝし、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八十九条第九十三条第一項本文に従い主文の通り判決する。

(裁判官 久利馨 石田実 篠原昭雄)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例